職人世界の業を究めた人

西岡常一

きょうは法隆寺薬師寺法輪寺を復興させた「最後の宮大工」 西岡常一(にしおか つねかず)の誕生日だ。
1908(明治41)年生誕〜1995(平成7)年逝去(86歳)。

奈良県生駒郡法隆寺村西里に、明治以来 法隆寺に仕える宮大工棟梁 西岡楢光の長子(三代目)として生まれる。
法隆寺の棟梁をつとめた祖父の常吉に小学校に入る前から仕事を仕込まれた。1924(大正13)年16歳の時、木を育てる土を学び生駒農学校卒業、1925(大正14)年17歳の時 大工見習から宮大工、棟梁への道に進んだ。

1934(昭和9)年26歳の時から始まった法隆寺の「昭和の大修理」で、世界最古の木造建築の金堂や五重塔の解体修理に携わった。
西岡はこれを「天運」、時代の巡り合わせだと言う。法隆寺には最古の飛鳥建築から、天平・藤原・鎌倉・室町・江戸の建築様式が全て揃っていて、各時代の日本建築の特徴を学ぶ幸運に巡り合った。
このときの金堂の解体では、学者の間で玉虫厨子のような錣葺き(しころぶき)だとされていた屋根が、「入り母屋」造りであることを、実際に組み立てて証明し、定説をくつがえした。

1971(昭和46)年63歳の時、奈良 薬師寺復興の大工棟梁となり、1976(昭和51)年68歳の時には竜宮造りといわれる金堂を復興した。続いて西塔、中門、玄奘三蔵院などを完成させ、回廊や講堂の復興に尽力した。

1975(昭和50)年、戦時中に落雷で焼失した斑鳩(いかるが)の三古塔のひとつ法輪寺 三重塔の再建の棟梁を務めた。
1992(平成4)年84歳の時には宮大工としては初めて文化功労者に選ばれた。1995(平成7)年亡くなった。

西岡は、日本建築の原点ともいうべき飛鳥時代の古代工法で大伽藍を造営することのできる「最後の宮大工」といわれた。木を生かす為の道具として槍鉋(やりがんな:古代のかんな)を復元を使用した。

職人世界の業を究めた人ならではの、深く考え得た珠玉の言葉の数々を、『法隆寺を支えた木』や『木のいのち木のこころ 天』(小川三夫著)などに残した。
吉川英治文化賞(1974昭和49年)、日本建築学会賞(1981昭和56年)、国土緑化推進機構のみどりの文化賞(1991平成3年)など数々の賞を受けている。

宮大工の世界に代々伝わる口伝に、「木を買わず山を買え」という言葉がある。山には当然ながら、東西南北というものがある。山の南側の木は、細いけれど強い。北側の木は、太いけれど弱い。そうした性質の木を、建物の東西南北に合わせてそのまま使えという。

ひと口に木と言っても、育つ環境はさまざまである。強風の地では左右に捻れ、大きな伽藍の心柱などに用いられる樹齢2000年前後の檜(ひのき)に至っては、人を寄せつけない岩盤に、根が岩を割って生育しているのが常だという。

こうしたくせの強い木ほど耐用年数も長く、水分が多く嵐の少ない環境で育った素直でくせのない木は弱いのだそうだ。しかし、弱いから、くせが強いから、曲がっているから「だめだ」というのではない。強い木は柱や桁、梁などの骨組みに用い、弱い木は長押(なげし)や天井、化粧板に用いればよい。

西岡は云う。「性根というもんは、直せるもんやないんですわ。やっぱり包容して、その人なりの場所に入れて働いてもらうんですな。曲がったものは曲がったなりに、曲がったところに合う所にはめ込んでやらんといかんですな」

法隆寺には先人の技術と知恵が凝縮されていること。木に残された手斧(ちょうな)の跡や鑿(のみ)が彫り込んだほぞに職人の腕や心構えが見えること。木を生かす技は数値に表せず「手の記憶」によって引き継がれること…。

西岡常一は、最後の宮大工といわれた人で、法隆寺薬師寺法輪寺など優れた仕事をしている。彼はあまり弟子をとらなかったようだが、仕事を通して多くの人に人としての生き方を教えている。書物にもなっているが、彼の考え方が形として残っているので説得力は大きく、謙虚にならざるを得ない。

企業においても、教育は非常に大切な項目だが、あれこれと手取り足取り教え込むよりも、自分の仕事ぶりを見せて、それを学ばせるのがベストである。要は、学ぶ姿勢を学ばせることだ。


西岡常一のことば
  「個性を殺さず癖を生かす。人も木も、育て方、生かし方は同じだ」
  「みんな自然の中での行いです。自然を無視して建築はできませんわ」
  「古いことでもいいものはいいんです。
   明治以来ですな、経験を信じず、学問を偏重するようになったのは」
  「1300年前に法隆寺を建てた飛鳥の工人の技術に現代は追いつけない」


西岡常一の本
  木のいのち木のこころ―天・地・人 (新潮文庫)
  木に学べ―法隆寺・薬師寺の美 (小学館文庫)
  法隆寺を支えた木 (NHKブックス)
  宮大工棟梁・西岡常一 「口伝」の重み
  斑鳩の匠 宮大工三代 (平凡社ライブラリーoffシリーズ)斑鳩の匠 宮大工三代 (平凡社ライブラリーoffシリーズ)宮大工棟梁・西岡常一 「口伝」の重み木に学べ―法隆寺・薬師寺の美 (小学館文庫)木のいのち木のこころ―天・地・人 (新潮文庫)