天からの恵みを多く享受

松戸覚之助

きょうは梨の王様「二十世紀」をつくった果樹園芸家 松戸覚之助(まつど かくのすけ)の誕生日だ。
1875(明治8)年生誕〜1934(昭和9)年逝去(59歳)。

上総(かずさ)八柱村(現 千葉県松戸市大橋)に初代 松戸覚之助の子として生まれた。松戸地方は江戸時代から梨の産地で、初代 松戸覚之助は「錦果園」と云う果樹園を1886(明治19)年から経営し、梨とか葡萄の栽培をしていた。

1888(明治21)年 二代目 覚之助は松戸高等小学校高等科(現在の中学校)に通い大層利発な少年であった。ある日近くの親戚 石井佐平宅のごみ捨場に実生(みしょう)で自生していた変わった梨木を偶然見かけた。このとき僅か13歳の少年であったが、心に残るものがあってこれを貰い受け、父(伊左衛門に改名)の経営する「錦果園」に移植した。

どこから来たものか、どんな品種のかけあわせか、名前すら無かったこの梨木は、黒斑病という梨にとっては致命的な病気にかかりやすい抵抗力の弱いもので、なかなか実がつかなかった。どんなに醜い苗木でも、いつか立派に実がなるものだと、覚之助はあきらめずにその苗木を育て続けた。
そして移植から10年後の1898(明治31)年23歳の時 今までに見かけたことのない純白で水々しい果実を見た。従来の実とは異なったこの梨は、皮が薄くて柔らかく薄緑色をしており、甘くて多汁な梨だった。その梨は、今まで日本人が食べてきたどんな梨よりもおいしかった。

当時広く読まれた「興農雑誌」には「驚くべき優等新梨の紹介」という記事が載った。「其味の優等甘味にして漿液(しょうえき)最も多く恰(あたか)も甘き西洋梨の如く、且つ少しも口中は渣滓(さし:かす)を止めず、実に完全の梨果と称するを得べし…」と激賞し、抜群のおいしさだった。

1904(明治37)年 この梨は、札幌農学校でクラーク博士の教えを受けた農学士 渡瀬寅次郎によって、品質・外観ともに優れ二十世紀をになう品種との期待を込め「二十世紀」と名付けられ、脚光を浴びるようになった。
後に命名の由来を、渡瀬の孫の元外務大臣 小坂善太郎は「祖父は広く世界に目を向け、日本を良い国への夢を持ち二十世紀を支配する果物の一つとの願いを込めて二十世紀と命名したと聞いている」と語った。

知人などのつてを頼り、園芸愛好家でもあった大隈重信に寄贈し、賞賛を得たという。以後梨の代表的品種として爆発的に日本中に認められ、二十一世紀の現在に至っても「梨界の王者」たり続ける品種となった。現在、生産量は「幸水」「豊水」についで3位だが、この両品種とも二十世紀の血を受け継いだ子孫に当たる。

覚之助は高等小学校高等科を卒業後、父の果樹園を手伝いながら、果樹、野菜研究に取り組んだ。31歳の時には、当時の梨栽培のバイブル「実験応用梨樹栽培新書」を発刊し、広く全国に利用され、「二十世紀梨」も広まっていった。

収益性の高い梨を全国に広めた覚之助は、「農は国本である。見捨てられていた荒地や傾斜地など、米の作れない土地に、天からの恵みを多く享受できる果樹類を導入して、土地の高度利用をはかるべきである」と解いている。
脳溢血で59年の生涯を終えるが、奇しくも覚之助と時代を共にした二十世紀梨の原木も第二次世界大戦の空襲でダメージを受け、樹齢59年で枯死している。

現在、二十世紀梨の誕生地である千葉県松戸では、降雨が多く病気にかかりやすいため、二十世紀梨はほとんど栽培されておらず、主に鳥取県と長野県で栽培されている。しかし、覚之助が二十世紀梨を育てたあたり一帯は、覚之助の功績をしのび、地名として「二十世紀が丘」と名付けられ、「天然記念物二十世紀梨原樹」の碑と「二十世紀梨誕生の地」の碑が建てられている。

松戸覚之助は、ごみ捨場の梨の木にひらめきを感じ、それを持ち帰り、世の中を変えるような品種に育てた。そのうえ、その梨を、明治時代の情報伝達状況において全国的に普及させている。

企業において、いかに優れた商品を開発しても、その販売方法がよくないと全く売れない。「いいものは黙っていても売れる」という迷信にすがっていては、結局 他社に情報を提供するだけになり、売る機会を逃してしまう。

◆梨の呼び方◆
日本において梨は、もともと小さな実で、濃い黄土色をしていて中味はやや酸っぱかった。ナシの語源として「ナ」は中、「シ」は酸っぱい、という頓知ばなしのような説もある。
奈良・平安朝時代は、桃とならび果物の横綱だった。平安朝の人は、梨が好きだったが、ナシ(無シ)ということばを忌み嫌い、「アリノミ」と呼んでいたようだ。
「アリノミ」は、一般的な言葉として広範囲につかわれていたようだ。

▲梨の成分▼ 
梨の成分は90%近くが水分で、残りは繊維成分、糖分、有機酸、さらにビタミンや消化酵素などによって構成されている。
糖分の主体は蔗糖と果糖で、有機酸はリンゴ酸を主として少量の酒水酸とクエン酸を含んでいる。またビタミンはB1・B2・Cで、その他、カリウム、鉄分、アスパラギン酸を若干含んでいる。

●梨の薬効●
梨は昔から百薬の長と言われるように、様々な薬効があることが知られている。
風邪で熱があり、のどが渇くときに梨を食べると、熱を和らげ、同時にのどの渇きも止めてくれる。また2日酔いでのどが渇き、体がほてる場合にも効果的。さらに消化酵素が食物の消化を助け、肝臓の負担を和らげてくれるため、日頃から飲酒の機会の多い人にはおすすめ。
高血圧症の人には、梨に含まれるカリウムが体の中からナトリウムの排出を促進し、微量のアスパラギン酸疲労回復にも効果がある。さらに、ソルビトールと言う甘味質は、人体に入ったときに他の糖と違って急速に血糖値があがらないという特徴があるため、糖尿病の人に好ましい甘味料だといえる。

松戸覚之助の本
  明治農書全集 第7巻 果樹


      
   錦果園のチラシ      梨の種類