中毒性が非常に高い

澁澤龍彦

きょうは仏文学者、文藝評論家、小説家 澁澤龍彦(しぶさわ たつひこ、本名:龍雄)の誕生日だ。
1928(昭和3)年生誕〜1987(昭和62)年逝去(59歳)。

東京に生まれた。東京大学文学部フランス文学科を卒業。卒論は「サドの現代性」。在学中、第一次世界大戦後フランスで発生した前衛芸術運動のシュールレアリスム(超現実主義)に熱中した。その中心的存在であったアンドレ・ブルトンに傾倒し、やがてマルキ・ド・サドの存在を知り、自分の進むべき方向を見いだした。

1954(昭和29)年26歳の時にジャン・コクトー著「大股びらき」の翻訳を白水社から出版して以来、次々とフランス文学の翻訳紹介を行なった。1959(昭和34)年31歳の時に出版したサド著「悪徳の栄え 続」の翻訳が筆禍(ひっか:発表した文章が官憲や社会から処罰・制裁を受けること)を招く(「サド裁判」)が、その後もサドの著作を紹介した。
澁澤龍彦アポリネール、モーリス・エーヌ、ジルベール・レリーと並んで、サドマニアにとって英雄とされている。彼らの努力がなかったら、我々が今 日本で、容易にサドの文学をひもとき、サドの研究にはげむことはできなかったと言われている。

その他、エッセーや美術評論、中世の悪魔学など幅広い分野で活躍した。小説では1981(昭和56)年53歳の時に幻想的な小説「唐草物語」を発表した。フィクションの分野にも新境地を開き、「うつろ舟」「高丘親王航海記」などの作品がある。

三島由紀夫澁澤龍彦についての評価。
サド裁判で勇名をはせた澁澤氏というと、どんな怪物かと思うだろうが、これが見た目には優型の小柄の白皙(はくせき:色白)の青年で、どこか美少年の面影をとどめるそそたる風情。しかし見かけにだまされてはいけない。
胆、かめのごとく、パイプを吹かして裁判所に悠々と遅刻してあらわれるのみか、一度などは、無断欠席でその日の裁判を流してしまった。酒量は無尽蔵、酔えば、支那服の裾をからげて踊り、お座敷からイッツァ・ロングウェイまで、昭和維新の歌から革命歌まで、日本語、英語、フランス語、ドイツ語、どんな歌詞でもみなそらで覚えているという恐るべき頭脳。
珍書奇書に埋もれた書斎で、殺人を論じ、頽廃文学を論じ、その博識には手がつけられないが、友情に厚いことでも、愛妻家であることでも有名。
この人がいなかったら、日本はどんなに淋しい国になるだろう。

博識に加え、研ぎ澄まされた日本語により生み出された文章はシンプルで深い。彼の文章はムダな贅肉をぞぎおとしたようなスタイル。表現そのものがあまりにも日本語すぎている、誰にでもわかる日本語が故に中毒性が非常に高い。奇人変人と巷では言われているが、すごくノーマルな人物のようだ。

澁澤龍彦は、エログロの世界を文章でもてあそんでいるようにも見えるが、実生活はまじめで誠実かつきれい好きだったようだ。裁判そのものも、遊び感覚で楽しんでいる。彼にとっては仮面をかぶって聖人君子ぶっている人への強烈な批判であったのだろう。

企業においても、口達者で頭の回転が速く知識豊富な人がいるものだが、えてして、そんな人は出世しない。やはり人は好かれることが前提であり、からかい半分、裏ごごろ、反抗心は信頼関係を壊す要因になる。自然な謙虚さこそ人間性の高さを証明するものだ。

サド裁判●
1961(昭和36)年にフランスの作家マルキ・ド・サドの作品の出版を巡り、その加虐的な性的志向が猥褻であるということで問題となる。訳者である澁澤龍彦は起訴され、最高裁にて罰金7万円が言い渡された。ちなみにマルキ・ド・サドの名前は「サディズム」という言葉の語源とされている。サドは人生の大半を獄中で過ごし、そこで多くの作品を書いた。 

「たった7万円、人を馬鹿にしてますよ。3年くらいは食うと思ってたんだ。7万円くらいだったら、何回だってまた出しますよ」
  : 判決を受けた澁澤が憤慨して。
澁澤はこの裁判に臨んで幾つかの方針を打ち立てていた。 
「勝敗は問題にせず、一つのお祭り騒ぎとして、なるべく面白くやる」 
「安保闘争以来の良識的ムードをぶっこわす」 
「意見を一本に縛らず、めいめいが勝手なことを言う」 
  
サド裁判 上、(下) 現代思潮新社 刊
これは、サドの"毒"が、現代の日本に具体的な社会現象として影響を与えた生々しい記録である。証人として法廷に立つ大江健三郎大岡昇平遠藤周作等の錚々たる顔ぶれによるサド論議もいいが、やはり澁澤の人を食ったようなというか、文面からはほとんどなげやりな証言が一番面白い。すでに天国に召され、大自然と一体化してしまっているサド本人は大空いっぱいに高笑い、彼の巨大な毒は地球上に慢性化し、この小さな日本の一角では、たかが2千部弱刷られたしがない訳本を巡って、PTAのおじさんおばさん達が尊大な国家権力の傘の下で税金の無駄遣い、そんな構図に何よりも馬鹿馬鹿しさを感じるのも当然であろう。ラストの三島由紀夫の言葉が全てを物語っている。「私は、澁澤氏のために怒っているので、サドのために怒っているのではない」

澁澤龍彦の本
  世界悪女物語 文春文庫
  黒魔術の手帖 (河出文庫 し 1-5 澁澤龍彦コレクション)
  悪徳の栄え [正]
  O嬢の物語 (河出文庫)
  長靴をはいた猫
  澁澤龍彦全集〈1〉 エピクロスの肋骨,サド復活,補遺 1954-59年:22
  澁澤龍彦翻訳全集〈1〉 大胯びらき,恋の駈引,マルキ・ド・サド選集 1 他:15
  作家の自伝 (79) (シリーズ・人間図書館)
  おにいちゃん―回想の澁澤龍彦
おにいちゃん―回想の澁澤龍彦作家の自伝 (79) (シリーズ・人間図書館)澁澤龍彦翻訳全集〈1〉 大胯びらき,恋の駈引,マルキ・ド・サド選集 1 他世界悪女物語 文春文庫