新しい試みだった   

小泉信三

きょうは大正・昭和期の経済学者、教育家の 小泉信三(こいずみ しんぞう)の誕生日だ。1888(明治21)年生誕〜1966(昭和41)年逝去(78歳)。

東京都芝区(現 東京都港区)三田に生まれる。父は旧和歌山藩主、信吉(のぶきち) で、福沢諭吉が創設した慶応義塾の第二代塾長、横浜正金銀行支配人などを歴任した。母は千賀。1894(明治27)年6歳で父に死別した。福沢諭吉は、信吉の忘れ形見である信三を特に大切にし、晩年には一時邸内に住ませている。

慶応幼稚舎を出た後、福沢死去の翌1902(明治35)年 慶應義塾普通部編入学、大学部では政治科にすすんで福田徳三に学んだ。学生時代はテニス部に所属したスポーツマンだった。1910(明治43)年22歳で慶應義塾大学部政治科を卒業し、慶應義塾の教員に採用された。
1912(大正元)年に研究のため、ヨーロッパに留学、イギリス、フランス、ドイツの各大学で経済学、社会学を学んだ。1916(大正5)年帰朝後、慶應義塾大学経済学部教授としてデヴィット・リカードの経済学や経済原論・経済史・社会問題などを講ずるほか、体育会庭球部長や図書館監督を務めた。

また、自由主義者の立場に立脚し、共産主義マルクス経済学に徹頭徹尾合理的な批判を加えていった。1933(昭和8)年45歳で慶應義塾塾長に就任し1947(昭和22)年まで務めた。1934(昭和9)年「リカアドオ研究」で経済学博士を授かり、1939(昭和14)年には藤原工業大学学長を兼任した。

1940(昭和15)年、時代が急速に軍国主義化し始めた頃、各教室に掲示した「善を行ふに勇なれ」等の塾長訓示は有名。しかし、長男 小泉信吉(しんきち)は出征し戦死した。また小泉自身も1945(昭和20)年の東京大空襲焼夷弾により顔面に大やけどを負う悲劇に見舞われた。愛息を喪った小泉は、『海軍主計大尉小泉信吉』を著した。

1944(昭和19)年56歳で内閣顧問となった。
戦後、1949(昭和24)年61歳の時、東宮御所教育参与として皇太子明仁親王今上天皇)の教育にあたり、 「ジョージ5世伝」などを講義、立憲君主としての心構えを新時代の帝王学として説いた。皇太子の家庭教師であったヴァイニング夫人と共に、陛下の少年時代の人間形成に良き影響を与えた。また、皇太子と美智子妃とのご結婚に際しても、皇太子のよきアドバイザーとして尽力されたようだ。
他方、1954(昭和29)年にコロムビア大学から名誉文学博士の学位を受けた。

福沢諭吉の流れを汲む真に勇気ある自由人であり、一貫して教育者の立場にあった。保守的イデオロギー戦線の大黒柱であった。死後に『小泉信三全集』全二十六巻別巻一(二十八冊)が刊行された。経済学者として多くの本を書いたが、昭和初期の『経済原論』は名著と言われ、『共産主義批判の常識』も有名である。

偉大な教育者であるとともに、庭球の名選手であり、野球をはじめスポーツ全体に深い愛情と広い識見を持つスポーツマンであった。戦時下学生野球が続行不能に瀕したとき、毅然として非常時局におけるスポーツ精神の高揚を力説し、1943(昭和18)年秋 万難を排して学徒出陣壮行早慶戦を実現させ、出陣学生らへのはなむけとした。戦後も学生野球の指導者としてその発展に献身した。

信三が力説した「スポーツが与える三つの宝」とは、「『練習は不可能を可能にす』という体験であり、フェアプレーの精神であり、良き友を得ることである」。
信三は、スポーツの深い理解者であり、力強い擁護者、暖かい批判者であった。
信三の真骨頂を物語るエピソードはいくつもあるが、一貫して流れていたのは「常に学生と共に在る」という姿勢だ。

小泉信三は、父 信吉を幼い頃に亡くしているが、その精神は父親に代わり温かく見守ってくれた福沢諭吉を通して、そのまま受け継いでいる。学問は保守を貫いているが、それにスポーツを加えることによって精神面を教えているのは、教育者として新しい試みだったのだろうか。

企業においても、スポーツを取り入れている所は多いが、大企業にあっては精神面と言うよりも広告宣伝の意味が大きいようだ。もっと、本来の姿としての厚生面、精神面を重視したものになるべきではないか。


小泉信三のことば
  「人生において、万巻の書をよむより、
   優れた人物に一人でも多く会うほうがどれだけ勉強になるか 」
  「果敢なる闘士たれ、そして潔き敗者たれ
   (Be a hard fighter, and a good loser!)」


小泉信三の本
  平生の心がけ (講談社学術文庫)
  読書論 (岩波新書)
  私の福沢諭吉 (講談社学術文庫)
  練習は不可能を可能にす
  ペンは剣よりも強し
  経済学及び課税の原理 (名著/古典籍文庫―岩波文庫復刻版)
  父 小泉信三 (文春文庫 (304‐1))
  小泉信三伝 (文春文庫)
  辛夷(こぶし)の花―父小泉信三の思い出 (文春文庫)
経済学及び課税の原理 (名著/古典籍文庫―岩波文庫復刻版)ペンは剣よりも強し練習は不可能を可能にす平生の心がけ (講談社学術文庫)