個性の異常な濃厚さ   

飯田蛇笏

きょうは俳人 飯田蛇笏(いいだ だこつ、本名:武治 たけじ、別号:山廬)の誕生日だ。1885(明治18)年生誕〜1962(昭和37)年逝去(77歳)。

山梨県東八代郡境川村の江戸時代より名字帯刀を許された大地主 飯田家の長男として生まれた。母はまきじ、父の宇作は同村 清水家より養子として入っており、四男三女だった。9歳の頃、近隣の月並句会がしばしば生家で催され、少年 蛇笏も見よう見まねで「もつ花に落つる涙や墓まゐり」などの句を作った。

やがて甲府中学に入学。その頃の事を「スポーツに興味を持ったが、ひじの負傷から破傷風に侵され、以来一切スポーツを断った。しばらく懐疑的思想に囚われ『即興詩人』等を耽読、アントニオの漂々浪々の旅にあこがれると共に芭蕉に心酔するに至った。家郷を遠く去って実践を企てんとした事一再ならず」と記している。
また、17歳の時に、「甲府中学校を自主的に退学。平素の素志を敢行して家郷出奔、富士川を下らんとして伯父某の強制的止持に会い、再び家郷に復帰したが、家族の諒解を得て東京に遊学」。
18歳の時に東京の京北中学5年に転入、その頃には文学を乱読したようだ。

翌年、早稲田大学英文科に進んだ。一級上には若山牧水が在学していた。この頃は、自然主義の前期の時代で、蛇笏も詩作や小説を発表している。
大学時代に養われた文学的素養が自然主義であった事で、蛇笏俳句に見られる小説的構想の下地はすでにこの頃から出来ていた。

21歳の時に、「早稲田吟社」に参加、やがてその中心となった。仲間には新傾向俳句の中塚一碧楼(なかつか いっぺきろう)、白石実三らがいた。また、その頃より「国民新聞」の「国民俳壇」に投句、「ホトトギス句会」にも出席し、高浜虚子に直接指導を受けた。

その後、高浜虚子が俳壇から突然「引退」すると、蛇笏もまた「一切学術を捨て、所蔵の書籍全部を売り払って家郷に帰り」句から遠ざかり、田園生活に入った。郷村の家庭事情が長子の東京遊学をいつまでも許さなかった理由もあるようだ。
26歳の時に矢沢家の長女菊乃と結婚した。

故郷での「田園生活」のなかで、29歳の時、虚子の「俳壇復帰」を知り、俳句への情熱が急速に高まり、蛇笏も俳句に還った。そして「ホトトギス」へ出句するとともに、翌年には愛知県で発行された「キララ」の選を担当する事になった。
1917(大正6)年32歳のとき「キララ」編集者の要請により、その主管となり、誌名も「雲母」と改めた。1932(昭和7)年47歳で第一句集「山廬集」を出版した。

1925(大正14)年から発行所を愛知から甲斐の国の蛇笏居に移し、「雲母」は大結社となっていった。
家庭では1941(昭和16)年56歳の時、「6月、二男病没。その葬儀の夜、病臥した母は11月胃癌のため死去、四男また病を得て憂情の日を送る」。

1943(昭和18)年58歳の時、父が急性肺炎で病臥数日にして死去。翌年長男出征、フィリピンレイテ島に逆上陸して戦死。同年三男もハルビンで現地招集を受けた。1945(昭和20)年 甲府市は空襲を受け、「雲母」はやむなく休刊となった。1946(昭和21)年、「雲母」は東京にて復刊。5月、三男が戦病死した。

山本健吉はその「現代俳句」で蛇笏を、「簡勁(かんけい:表現が簡潔で力がこもっている)蒼古(そうこ:古色を帯びてさびた趣がある)重厚とも言うべき句風」を打ち立てたと評し、「これは大正・昭和の俳諧史において、一つの偉業として顧みられるであろう。甲斐の国の山中にあって孜々(しし:つとめ励む)として磨かれた彼の句風は、現代では文字どおり孤高である。その気魄(きはく:気迫)にみちた格調の荘重さ、個性の異常な濃厚さは、蛇笏調として俳諧史上に独歩している」と記した。

句集に「霊芝」「山響集」「白嶽」「心像」「春蘭」「雪峡」「家郷の霧」「椿花集」があり、その句文は「飯田蛇笏全句集」「新編飯田蛇笏全句集」「飯田蛇笏集成」にまとめられ、随筆、評論も多い。没後俳壇での功績を讃え「蛇笏賞」が創設された。

飯田蛇笏は、裕福な環境で育ち、恵まれた才能を活かし、優れた句を作っていくが、家庭的には恵まれず、家族を次々と亡くしている。自然の中で詠んでいても、その悲しさが17文字の句に表れているようだ。

会社においても、家庭内の状況は業務に表れるものであり、特に不幸は俳句のように感傷的になっていてはいけない。穏やかな家庭をつくるよう努力しなくてはいけないが、避けられない不幸もあり、その時は、気持ちを切り換えて業務に打ち込むことである。


飯田蛇笏の作品
  をりとりて はらりとおもき すすきかな
  秋立つや 川瀬にまじる 風の音
  ある夜月に 富士大形の 寒さかな
  芋の露 連山影を 正しうす
  くろがねの 秋の風鈴 鳴りにけり
  極寒の ちりもとどめず 巌ぶすま
  たましひの たとへば秋の ほたるかな
  なきがらや 秋風かよふ 鼻の穴
  死病えて 爪うつくしき 火桶かな



飯田蛇笏の本
  飯田蛇笏集成 (第1巻)〜(第7巻)
  日本の詩歌 (19)
  新編飯田蛇笏全句集
  俳句歳時記 春の部、秋、冬、新年の部
  飯田蛇笏
  飯田蛇笏秀句鑑賞
飯田蛇笏秀句鑑賞飯田蛇笏俳句歳時記 春の部