迷惑が及ぶことを恐れた

渡辺崋山

きょうは江戸時代末期の蘭学者であり画家 渡辺崋山(わたなべ かざん、本名:定静 さだやす、通称:登 のぼり)の誕生日だ。
1793(寛政5)年生誕〜1841(天保12)年逝去(48歳)。

三河国田原藩(現 愛知県)の重役である父 渡辺定通・母 栄の長男として江戸麹町の藩邸で生まれる。
重役の家に生まれたものの、当時の田原藩は財政難を極め俸禄はわずかしか支払われず、加えて父 定通が病気がちであったために、幼少期は貧窮の中に送った。

11名の家族で貧しい渡辺家は、幼い弟や妹は次々に奉公に出され、この悲劇が、のちの勉学に励む姿とあわせて太平洋戦争以前の修身の教科書に掲載されていた。こうした中、まだ少年の崋山は生計を助けるために得意であった絵を売って、生計を支えるようになった。
のちに谷文晁(たに ぶんちょう)に入門し、絵の才能は大きく花開くこととなり、20代半ばには画家として有名になり、生活にも苦労しないようになった。
一方で学問にも励み、徂徠学派の儒学者である鷹見星皐、後に松崎慊堂から儒学朱子学)を学び、後に「昌平坂学問所」に通い佐藤一斎からも学んだ。

1832(天保3)年39歳の時、崋山は田原藩の家老に就任し藩政改革に尽力した。1836(天宝7)年から翌年にかけての「天保の大飢饉」の際には、食料備蓄庫「報民倉」を築いておいたことなどで、貧しい藩内で誰も餓死者を出さず、そのために全国で唯一幕府から表彰を受けた。

また、紀州藩医 遠藤勝助が設立した「尚歯会」に参加し、高野長英らと飢饉の対策について話し合った。この成果として長英はジャガイモとサツマイモを飢饉対策に提案した『救荒二物考』を上梓、絵心のある崋山がその挿絵を担当した。

その後この学問サークルはモリソン号事件とともにさらに広がりを見せ、蘭学者の長英や小関三英、幡崎鼎、幕臣川路聖謨、羽倉簡堂、江川英龍(太郎左衛門)などが加わり、海防問題などで深く議論するようになった。

特に江川は崋山に深く師事するようになり、幕府の海防政策などの助言を行った。こうした崋山を尚歯会に出たこともある藤田東湖は「蘭学にて大施主」と呼んだ。崋山自身は蘭学者ではなかったが、時の蘭学者たちのリーダー的存在であった。

しかし幕府の保守派、特に幕府目付 鳥居耀蔵(ようぞう)はこれらの動きを嫌った。鳥居は元々幕府の儒学朱子学)を担う林家の出であり、蘭学者が幕府の政治に介入することを好まず、そもそも崋山や江川も林家(昌平坂学問所)で儒学を学んだこともあり、鳥居からすれば彼らを裏切りと感じていた。

1839(天保10)年5月45歳の時、鳥居はついにでっちあげの罪を設けて江川や崋山を罪に落とそうとした。江川は老中 水野忠邦にかばわれて無事だったが、崋山は家宅捜索の際に幕府の保守的海防方針を批判し、そのために発表を控えていた『慎機論(しんきろん)』が発見され、幕政批判で有罪となり、国元 田原で蟄居することとなった。(蛮社の獄

蟄居中の崋山一家の生活を助けるため、門人らは崋山の絵を売り始めた。彼は作画に専念し、「于公高門図」「千山万水図」「月下鳴機図」「虫魚帖」「黄粱一炊図」など次々と名作を描いた。翌々年、生活のために絵を売っていたことが「罪人身を慎まず」と幕府で問題視されたとの風聞が立ち、藩に迷惑が及ぶことを恐れた崋山は自害し非業の生涯を終えた。

著書に『西洋事情書』などがある。また、西洋画の立体、質、遠近などの面による構成を、線を主体とした東洋画に取り入れた功績は非常に大きく、その作品には、国宝「鷹見泉石像」をはじめ、多くの重要文化財、重要美術品が残っている。

渡辺崋山は、幼少の頃、生計を立てるために絵を描き認められた。そして蘭学者としての交友から政治問題に関わり、実際に藩の改革もしているが、幕府の批判もしたことから捕われの身になってしまう。最後には蟄居中に絵を描き売ったことが原因で自害した。絵がベースになった多彩な一生だった。

企業においても、字や絵が上手な人はいろんな場面で得をするものだ。いまやパソコンやコピー機などにより、その存在価値が下がるかと思いきや、手書きや手描きの良さは圧倒的な存在感を見せている。
やはり人の心に訴えかける度合いが違うのだろう。


渡辺崋山のことば
  「数年たって世の中が変わったら、悲しんでくれる人もあろうか」
  「祖母につかえよ。母に孝をつくせ。父は罪人である。墓碑を建てるな。
     不忠不孝 渡辺登」


渡辺崋山の作品

      
   孔子像               溪澗野雉図


渡辺崋山の本
  渡辺崋山集 全7巻
  日本思想大系〈55〉渡辺崋山・高野長英・佐久間象山・横井小楠・橋本左内
  渡辺崋山―郷国と世界へのまなざし (愛知大学綜合郷土研究所ブックレット (7))
  渡辺崋山 (新潮日本美術文庫)
  士魂の人 渡辺崋山探訪 (つくばね叢書)
士魂の人 渡辺崋山探訪 (つくばね叢書)渡辺崋山 (新潮日本美術文庫)渡辺崋山集 (第1巻)