この世を去るまで現役   

野上弥生子

きょうは小説家で翻訳家 野上弥生子(のがみ やえこ、本名:ヤヱ)の誕生日だ。
1885(明治18)年生誕〜1985(昭和60)年逝去(99歳)。

大分県北海部(きたあまべ)郡臼杵(うすき)町で父 小手川角三郎、母 マサの長女として生まれた。家業は祖父の代からの醸造業(現在は小手川酒造株式会社、銘柄は「宗麟」、弥生子の命名による)、屋号は代屋(しろや)。異母兄の次郎、妹のミツ、弟の武馬(のち金次郎と改名)の四人兄弟。幼少の頃から国文、漢文、英語の習得に努めた。

1891(明治24)年 臼杵尋常小学校に入学、四年後の1895(明治28)年 臼杵尋常高等小学校高等科に進学、1895(明治32)年 卒業。
1896(明治33)年15歳のとき上京、叔父の小手川豊次郎宅に寄宿し、明治女学校普通科(足掛け20年ほど存在したキリスト教系の女子校)に入学した。
1898(明治35)年、同郷の野上豊一郎が臼杵中学を卒業後、上京して第一高等学校第一部甲に入学した。まもなくふたりの交際が始まった。1902(明治39)年3月、明治女学校高等科を卒業し、8月15日、一高を卒業し東京帝国大学文科大学に入学する直前の野上豊一郎と結婚(入籍は1904年 明治41年10月28日)、17歳。当初は人の手前、兄妹と称していたらしい。

1903(明治40)年2月、18歳のとき、夫を介して夏目漱石に師事する格好になり、漱石の紹介により第一作「縁」を「ホトトギス」に発表した。翌年から野上弥生子の筆名を用いた。1913(大正2)年28歳の時、アンソロジー青鞜小説集』に短篇「京之助の居睡」を発表。タマス・ブルフィンチ『伝説の時代』の翻訳を漱石の序文を付して上梓した。

以後、作家活動を持続し、1947(昭和22)年62歳で日本芸術院会員(第二部文学)になった。そして、99歳でこの世を去るまで現役の作家として創作活動を続け、数多くの文学作品を世に残した。

野上弥生子は、翻訳「ギリシアローマ神話」を完成した時、28歳1児の母であったというから、その当時の状況から考えるとなかなかのもので、天才的な能力や並々ならぬ努力に加え、夫君をはじめ周囲の環境にも恵まれていたのだろう。この状況が99歳で亡くなるまで続くと言うからすばらしい。

企業においても、早くから抜きん出た才能を発揮し目立つ人がいるが、失速するかと思えばそのまま伸びていく人のほうが多いようだ。若い頃から精一杯の力を出していても、そのエネルギーは無くなるどころかパワーが増してくるようで、大器晩成などと言ってぼけーっとしていては、世の中の流れから外れてしまうことが多い。
人間、どんなに年をとっても、今がいちばん若いのだ。

野上弥生子の「日記」◆
野上弥生子の日記は、60年間継続してつけてあるのだが、これだけ周囲の人をキビしく切っている日記というのもあまりない。異性・同性にかかわらずバッサバッサと切り捨てられている。その観察の底意地悪さに匹敵するものは紫式部日記くらいであろうとも言われている。 
これが、自らの不遇に世をスネてのモノではないのだから彼女の気持ちを量りかねる。本人は、家庭円満、生家は醸造と味噌しょうゆで安泰。夫の豊一郎は法政大学総長まで務め、3人の子息も京大と東大の教授に育てあげている。 
ところが、日記でコテンパンに切った「困ったサン」に対し、実生活ではむしろ相談に乗ったり面倒を見たりしていたらしいから、いよいよ理解できない。夫君豊一郎氏がいわゆる断れない人で、結局 弥生子が後処理をしていたとも言われている。しかし、日記はそもそも公開されるものではないから、弥生子も思ったことをそのまま書くし、困ったサンたちも書かれた当時にはその内容を知らないわけで、後でわかるのだが、どんな気持ちになったものか。
教養があり気遣いが細かく質素で努力家の弥生子にとって、困ったサンたちは見過ごせないと同時に余程腹に据え兼ねる存在だったのだろう。弥生子の中には理想像のようなものがあったのだろうが、その世界とのギャップを楽しんでいたのかもしれない。

野上弥生子のことば
  「 どんな時期にどんな関わり合いをしたかを書いておくのは
   単に個人の回顧にとどまらず、
   明治の社会史、女性史にとっても無駄ではなかろう」
  「愛と憎しみは双生児である。
   愛すればこそ憎むし、憎むほどの思いがあってはじめて愛するのだ」
  「諦めるということは便利な言葉であるが、卑怯な言葉で、
   また恐ろしい言葉である」
  「ひとり居の淋しさと愉しさ。
   これはいかなる愛情にもかえがたいものである」


野上弥生子の本
  ギリシア・ローマ神話―付インド・北欧神話 (岩波文庫)
  中世騎士物語 (岩波文庫)
  秀吉と利休 (中公文庫)
  野上彌生子全小説 〈1〉 縁 父親と3人の娘〜(15)
  小さな王国・海神丸 (少年少女日本文学館4)
  野上弥生子全集〈第2期 第7巻〉日記 7
  人間・野上弥生子―『野上弥生子日記』から
  野上弥生子
  「野上弥生子日記」を読む〈上〉(下)  
「野上弥生子日記」を読む〈上〉小さな王国・海神丸 (少年少女日本文学館4)秀吉と利休 (中公文庫)ギリシア・ローマ神話―付インド・北欧神話 (岩波文庫)