異文化共存の重要性   

柳宗悦

きょうは美術評論家民芸運動創始者 柳宗悦(やなぎ むねよし)の誕生日だ。1889(明治22)年生誕〜1961(昭和36)年逝去(72歳)。

東京市麻布区市兵衛町に海軍少将柳楢悦(ならよし)の三男として生まれたが、1歳10ヶ月で父と死別、この天才的偉人を育てたのは、母、勝子だった。
学習院高等科在学中の1910(明治43)年21歳の時、志賀直哉武者小路実篤らと雑誌「白樺」を創刊し、ロダンビアズリーなどの西洋美術を紹介した。東京帝国大学文学部で哲学を学び1913(大正2)年に卒業した。

浅川伯教(のりたか)・巧(たくみ)兄弟を通じて朝鮮陶磁器と出会い、宗悦の関心は西洋美術から東洋美術へと移っていった。無名の工人による朝鮮の美に心をひかれ1915(大正4)年からたびたび朝鮮を訪れた。朝鮮文化への関心はその後の柳の活動を大きく方向づけ、1924年にソウルへ朝鮮民族美術館を開設した。

日本の工芸においても同じことだった。無名の工人たちが、あえて美しいものを作ろうと意図することもなく、ただ生活の用のために作り出す雑器の中に、健全で活々とした美しさを認め、宋悦は感動した。なのに、それらの工芸品は評価されるどころか、むしろ蔑(さげす)まれていることに心を傷めた。
当時、人手のかかった高価な工芸品を「上手もの」(じょうてもの)と呼び、あまり手を加えない工芸品を「下手もの」(げてもの)と呼んでいた。1925(大正14)年36歳の時、浜田庄司河井寛次郎と共に、木喰(もくじき)上人の足跡探訪のため和歌山県を訪れた宗悦は、旅の車中で、これまで下手ものと呼ばれて顧みられることのなかった民衆の生活用具である食器・家具・衣類などの民衆的工芸を「民芸」と呼ぶことにしようと決めた。

宋悦は、多くの日本人が根強い欧米コンプレックスとアジア蔑視感情に支配されていた時期に、様々な文化的価値を無意味にランクづけることなく捉える独自の審美眼を持ち、次々と新しい美を発見した。しかもその美の由来を宗教的深さをもって理論的に解明した。その契機となったのは、米国の詩人 W.ホイットマンの思想であり、英国の陶芸家バーナード・リーチとの交友であったといわれている。

無名の工人の生み出す日常的で健康な美に目を向け、日本の文化的価値を見直す中で、1926(大正15)年37歳の時、浜田庄司河井寛次郎、富田健吉、棟方志功バーナード・リーチらと「民芸運動」を起こし、理論の確立と運動の実践に努めた。 1931(昭和6)年42歳で、雑誌「工芸」を創刊、近代化の過程で消滅しつつあった地方の手仕事を保護・育成した。民芸理論に加えて芸術、宗教、社会などに関して深い関心をよせ、独自の思想を樹立した。

1936(昭和11)年47歳の時、大原孫三郎の助力を得て東京駒場に「日本民芸館」を設立し館長に就任。第二次世界大戦後の拠点として民芸運動を展開した。戦後は、浄土教研究を通して美と宗教の関係を探り、最後まで美の領域を深める試作を行った。
生涯にわたる思想と行動は、異文化共存の重要性を示唆するものであり、近代日本を代表する思想家の一人で、日本美術の革命家とも言える。

名も無い物に価値を見出した宋悦の審美眼は、歴史に変換点をもたらし、日本文化に新たな課題を投げかけた画期的な活動であった。
企業においても、日頃目立たない人や補佐的な部署により、全体が支えられていることもあり、無視することなく協力し合ってバランスをとっていかなくてはいけない。また市場においては、目立たないところに想像もしなかったような大きな付加価値が存在することが多々あるものだ。

◇民芸品と民芸運動◇
宗悦は、民芸品の特徴として、(1)無銘の品である、(2)作家の作品ではなく、職人の作である、(3)実用品である、(4)大量生産の品である、(5)美しさをとりわけ狙って作られたものではない、の5つをあげている。

これらの特徴をそなえた民芸品が、なぜ美しいのか。宗悦は、まず「用の美」をあげている。日常で使われるからこそ美しいという。日常生活における人とのふれあいの中に美が生まれる。そして名もない民衆の「無心」から生まれた美、余暇でなく労働の中から生まれた美であるとも言っている。浄土真宗の教える「凡夫成仏(ぼんふじょうぶつ)」(煩悩にとらわれて迷いから抜け出せない衆生こそ、阿弥陀仏によって救われる)という教えに通ずるとも述べている。また、「職人の作業には、職人の意識的な努力とは別に長い伝統が関与している」と認識し、このことを「他力」と考え、「民芸品は、自力による作品というより、他力がつくる品物という方がふさわしい」と考えた。

こうしたものこそが工芸のあるべき姿だとして、大正末から宋悦と彼に協力した工芸家たちによって、その発見・収集と保護の運動が展開された。それまで省みられることのなかった日用雑器に新たな美と価値を見出したこの「民芸運動」は、日本の近代工芸の展開に重要な役割を果たした。



柳宗悦の本
  民芸四十年 (岩波文庫 青 169-1)
  手仕事の日本 (岩波文庫)
  茶と美 (講談社学術文庫)
  柳宗悦随筆集 (岩波文庫)
  柳宗悦―時代と思想
  評伝 柳宗悦 (ちくま学芸文庫)
評伝 柳宗悦 (ちくま学芸文庫)柳宗悦―時代と思想茶と美 (講談社学術文庫)手仕事の日本 (岩波文庫)