ハマッてしまう

内田百間

きょうは小説家であり随筆家 内田百間(うちだ ひゃっけん、本名:栄造、別号:百鬼園 ひゃっきえん)の誕生日だ。
1889(明治22)年生誕〜1971(昭和46)年逝去(81歳)。

岡山市古京町に老舗の造り酒屋「志保屋」の一人息子として生まれた。祖母に溺愛されて育ち、14歳から琴を習った。旧制中学在学中16歳で父 久吉が亡くなり、実家の造り酒屋が没落、それ以来 金銭的には恵まれなかった。著作には借金を主題としたものも多いが、百鬼園の号は借金の語呂合わせ。

岡山第六高等学校に進み、百間の号で俳句に親しんだ。1910(明治43)年21歳で、東京帝大独文科に入学。かねて私淑(ししゅく:直接教えを受けていないがその人を慕い言動を模範として学ぶこと)していた夏目漱石を療養中の長与病院に訪ね、門弟となった。

1912(大正元)年23歳で、中学時代の親友の妹 堀野清子と結婚、所帯を持ったことから、漱石の校正をまかされた。後に漱石全集の編纂にもあたり、文字遣いと仮名遣いの見識を深め、正字正仮名を貫いた。

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